神奈川県横須賀市で活動する空手道 日和会です

日和会とは

日和会の紹介

【流派・所属団体】

松涛館流

公益財団法人全日本空手道連盟/神奈川県空手道連盟/横須賀市空手協会所属

日和会の名前の由来は、創始者の先生方の母校である日大と日体大の「日」がお互いに相和し、小春日和のように温かい人間関係で結ばれるようにとの思いを込めて、命名した。
昭和60年ごろ、横須賀市内の教職員の中で空手の稽古希望者が増え、田中先生の勤務校の中学校で市内教職員に対して稽古希望者を募った。『教職員空手道日和会』が発足した。
日和会は一般の空手道場とは違い、皆、代表の田中先生を慕い、空手が好きで集まった仲間の会である。当初は教職員の方々を中心に稽古を行っていたが、先生方は校長、教頭という役職に就かれ多忙になり、代表の教え子、その教え子の子どもたちや風の便りに日和会の噂を聞いて訪れた人たちで稽古を行ってきた。 田中先生の考え方や生き方から空手道のみならず人として成長していくことも学んでいる。

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師範 田中 康志 平成29年2月22日  永眠
お墓の場所  横須賀市営墓地
48区4列39番
〒238-0024 神奈川県横須賀市大矢部6-1033
TEL:046-834-7484
(公園墓地事務所 8:00~17:00)

段位・資格

◆(公財)全日本空手道連盟(以下、全空連)公認五段錬士
◆ 全空連 全国組手審判員 地区形審判員
◆ 全空連 三級資格審査員
◆(公財)日本体育協会 公認空手道コーチ
◆(公財)講道館柔道四段

◇勲正六位瑞宝双光章を受賞
(生前の教育に対する功績が認められ、天皇陛下より賞をいただきました。)
空手の主な経歴と戦績
  • 昭和44年 日本体育大学入学、空手部入部
  • 昭和46年度 全日本大学東西対抗戦 東軍メンバー
  • 昭和46年度 全日本大学空手道選手権大会 個人戦ベスト8
      団体戦準優勝(3年生 副将)
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  • 昭和60年 神奈川県空手道選手権大会(中量級)優勝
  • 昭和61年~平成7年 全国教職員空手道大会組手(年齢別) 10回連続出場
     (優勝4回、準優勝3回、第3位3回)
  • 平成6年 日米交流アメリカジャパンウィーク使節団空手道日本代表としてミネアポリス市で演武
     シアトルで技術指導
  • 平成17年 全空連公認五段・講道館柔道四段
  • 定年退職後、日本体育大学武道学科講師、日本体育大学空手道部監督を歴任
空手における過去の役職

2017060601.jpg◆ 全空連会員制度普及委員会 委員
◆ 全国中学生空手道連盟 副会長
◆ 全空連関東地区協議会 幹事・書記長
◆ 神奈川県空手道連盟 常任理事・事務局長
◆ 横須賀市空手道協会 理事長
◆ 横須賀市空手道協会 副会長

教職員としての経歴

・横須賀市教員として市内各中学校に赴任
・横須賀市立大津中学校、大楠中学校の教頭を歴任
・横須賀市立田浦中学校、武山中学校の校長を歴任
・ 定年退職後、横須賀市教育委員会スポーツ課勤務

教職員としての過去の役職

・横須賀市中学校体育連盟理事長
・横須賀市中学校体育連盟会長
・横須賀市中学校保健体育研究会会長
・田浦警察署管内学校警察連絡協議会会長
・横須賀警察署管内学校警察連絡協議会会長

田中先生の訓

一、「名人も人なり、我も人なり」
二、「稽古に来るのが稽古であり、来ないのと来られないのは違う!」
三、「目標は一人一人が違うはず!高望みはせず目標は頑張れば手が届くところに置き、それを積み重ねていけばいい!」
2017060602.jpg四、「三人の師を持て!」
五、「何事も基本が大切。基本ができていれば壁にぶつかった時、基本に戻ればいい。基本ができていなければ戻るところがない」
六、「受けた恩は倍返し」
七、「自分の原点を忘れてはいけない」
八、「人の話は目と耳と心で聞きなさい」
九、「教える人がもっと教えたいという気持ちに貴方たちがさせなさい」
十、「人が嫌がることを率先して出来る人になりなさい」

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